![]() by watachanpeace カテゴリ
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4連休の初日にゲラが届きました。なんというG・T・オー!グッド・タイミングなのでしょうか? 約100ページ余ある冊子の初校です。以前、1日100ページという過密スケジュールによる4日連続の校正(厚生)活動という自己記録があります。今回については、「1日50ページで2日間」との皮算用で、4連休の2日目から取り組みました。
今年に入ってから、あちらこちらから校正を頼まれる機会があり、お陰様で「校正マン」として鍛えられております(涙)。たまにしかやらないと、どうも能力(校正の場合、間違いを発見する能力)が鈍るようで、回数が増えるとそれなりに「見る目」がアップするように思います。日頃からの校正訓練が必要なのですね。 最近の校正スタイルは、原稿との突合せはなく、ゲラの字面を追っていくというものです。かえってこうした手法の方が、間違いを発見しやすいように思えますが、果たして…。ただし、元原稿がないので、改行の箇所がわからず、悩みながら、当方で改行マークを入れることもあります。入稿を電子データで行う場合、テキスト形式にすることが多いので、その場合、どこで改行したらよいか、わかりずらいという問題点があります。 自称「校正マン」としてホンネを言えば、校正活動というには、訂正箇所が1カ所もないのはおもしろくありません。いくらかでも「間違い」(最近は変換ミスがほとんど)を発見し、赤ペンを入れると“やりがい”を感じるのです。「間違い、見つけた!」と叫びたい心境になります。 校正というのは、「ミスゼロ」が当たり前ですから、たえず「ゼロ」をめざしています。最近、学校で広がっている「ゼロ・トレランス」と同じです。多少のミスはやむを得ないと寛容であってくれるとよいのですが、そうは問屋が卸さないのですね。ですから、1カ所でも「校正ミス」があれば、すべては水の泡です。「どうして発見できなかったのか」「なぜ気がつかなかったのか」自分の至らなさを責めます。 「失敗は成功のもと」とは言い古されたことばですが、失敗ばかりで成功(校正ミスがゼロ)が続かないと、自己嫌悪に陥ります。仮に今回は成功したとしても、次回はわかりません。ですからいつも、真剣勝負、進研ゼミ(笑)、です。 気が付いたら、2月11日以来、8日ぶりです。12日以降、PC(パソコン)が不調で頭を悩ませていたところ、今度はパーソン(人間)が不具合を起こし、店頭で転倒し、「骨折り損のくたびれ儲け」の有様で、しばらくは「謹慎&蟄居」です。
「わたちゃん」第3章は、これにて「終演」で、今度登場の節は「最終章」になると思います。ご心配は無用。必ずや「再チャレンジ」する時は来ると思います。それまで、しばらく、ムバラク、サラバ砂漠。 おかげさまで、2月18日(多分!)に「2万アクセス」をカウントしました。皆様方のおかげです。多謝。 3,000字に満たない原稿なのだが、テーマ自体が大きいため、難儀したが、どうやらまとまりそうです。「これを書けるのは、わたちゃんしかいないから!」と昨年末に頼まれ、身の程知らずに引き受けたが、書き出してみると、ボクの力量をはるかに越えていることがよくわかりました。
B5サイズのミニコミ2ページ分の原稿で、一応、ピタリと収まったものの、読み直すと、次々に書き直したくなってくるのです。でもピタリと収まったものの一角を崩すと、“積木崩し”になって、その修復が大変なのです。それこそ、字数合わせのために、書いては削りの繰り返し。こういう面倒な作業は、PCだからサクサクできるのです。 完成原稿を添付ファイルで送ろうかと思ったのですが、まだ締め切りまで「余裕のよっちゃん」なので、もう少し手元におき、再度読み直した上で送信することにしました。この次のしごとは、週明けの月曜日が締め切りのもの。これまた厄介なしごとなので、時間がかかりそうです。ですから、これから気合を入れ直して、チャレンジしてみたいと思います。 昨日、今年度で退職される友人から「あと7週間!」とのメールが届きました。そうだ、あと50日ということになるわけですね。どんな気持ちでいるのかなあ? 考えてみればボクも、退職してからちょうど5年が経ったことになります。あっという間の5年間でしたが、それと比べ、退職までの5年間は随分と長く感じられましたね。 現役教員の頃は目覚まし時計を使わなくても、3時前後には目覚めていました。退職して5年も経つと体内時計はダメになるようで、今は目覚ましをセットし、通常は4時半から5時に起きています。いわば、主夫タイムです。
土・日曜日は目覚まし不要で、今朝はそれでも6時頃に目が覚めてしまいました。6時半頃にはかなり明るくなるので、「ああ春が近づいているのだ!」とうれしくなります。雨戸を開けながら、「庭の花たちも、春になったらきれいな花を咲かせようと、それぞれ準備しているのだろうなあ」と考えます。 夕方の場合も、5時を過ぎても明るいので、やはりうれしくなりますね。 1月には土曜日が4回あり、今日は第4土曜日です。カレンダーを見たら、「出掛けないで済むのは今日だけだった」ということが分かりました。気分的にはノンビリと出来ますが、月曜日締め切りのしごとがあるので、それをこの土・日でやらなくてはなりません。それが終れば、その後にまたまた別の課題が待ち受けています。とにかく、1つ1つ目の前に立ちはだかる課題を処理していかないと、ボクには「春」が来てくれません。早く来い来い、春よ来い! 昨日は地区社協の研修会で、横浜地裁に行ってきました。その準備から当日まで、ボク1人で担当してきましたので、無事に終わり、ホッとしています。参加者は意外と少なめで、ボクを含め15人。まあこれくらいがちょうどいい人数なのですが、なにせおばさん10人、おじさん5人という構成ですから、気を遣います(ほとんどがボクより年上)。 11時から早めのランチを食べ、それから弁護士会館へ行き、担当弁護士からのレクチャーを受け、午後の法廷(刑事事件)を傍聴。第1回の公判で判決まで出すというスピード審理でしたが、これが参加者には大好評でした。おばさんたちに喜ばれ、大いに感謝されたので、よかったかなと思っています。
7日はボクが所属する某研究会。2012年の「学びはじめ」です。年末に仕上げるつもりの原稿が年越しとなり、その前日の6日になってシコシコと…。相変わらずの「ドロナワ」さんでした。
7日は昭和が終わった日(1989年)ですが、息子の幼馴染が「自死」した命日でもあります。朝、息子にそのことを言ったら、期日を間違えていたことがわかり、その年のボクの手帳を示し、納得。その事実を知った日と実際に亡くなった日とが混乱していたようです。午後から、妻がそのお宅に花を持って行きました。 社会人として初めて正月を迎え、仕事が始まってわずかしかたたない1月7日、その幼馴染は「自死」を遂げました。「なぜ?」「どうして?」と疑問は、今もあります。悔しかったことと思います。本人はもちろんですが、両親もよく知っているだけに…。7日は七草でもありますが、1人の若者の命日であることは、生涯、忘れてはならないと自身に言い聞かせています。 8日は1日、外出。汚れる作業もあったので、これはけっこう、疲れました。でもそれほど寒くなかったからよかったものの、そうでなかったら、最悪の事態に陥っていたことでしょう。なんとか無事に終わり、しかも2日間の予定が1日で完了できたのが何よりでした。作業をしながら、考えさせられることが数多くありました。人生とは…。 9日は午後から、PCによる仕事はじめ。これも年末にやるはずだった課題でしたが、それにようやく取りかかりました。すべてスケジュールは大幅遅れです。やはり、4日から1日半、寝込んでいたことが響きました。年賀状の返事も一部は、まだ出していません。年賀状をくださった方々、ごめんね! 今回が重大ニュースの最終回です。
8.4年がかりの記録を刊行 退職後すぐの2007年4月から、フジダナ村で研究会の事務局(週に1日。2年目以降は月に2~3回)をやってきました。07年の秋以来取り組んで来たものを6月、ようやくの思いで刊行することができました。90ページ弱の冊子ですが、テープ起こしがうまく行かず、話し手には大変ご迷惑をかけたので、完成させることができ、ホッとしました。ほとんど注目されず、自己満足的になってしまいましたが、資料的な価値はあるのでは?と思っています。内心では、もう少し深めたい気持ちもありましたが、そうなるとますます発行が遠のくので、それは諦め、目下、次のプランを立案中です。 9.150枚の長大レポート 毎年、自身の実践や活動の記録をまとめてきましたが、それは果たせませんでした。ただし、資料紹介という形で、原稿用紙150枚分くらいのものをまとめることができました。とはいっても、そのうちの4分の3はインターネットを使って、「コピペ」したもので、オリジナルの文は残り4分の1。かなり短時間で仕上げたので、全く自信がありません。 10.1学年下の友人・知人を失う すでにブログでも書いたとは思いますが、1学年下の47年生まれの人、2人が亡くなりました。1人は妻の友人で、もう1人は元職場の社長さん。早すぎる死、無念の死と言えるでしょう。合掌。 一方、多くの人と知り合いになり、ヒューマン・ネットワークがさらに拡大しました。卒業生との再会もありました。思いがけないことから、40年ぶりで電話やメールで繋がった人も何人かいました。 まだまだありそうですが、10項目挙がったので、ここでジ・エンドとしましょう。2012年はボクにとっては、老年場、違う少年場、いや正念場です。どんな事態が襲ってくるかわかりませんが、とりあえずこのブログが800号に、そして2万アクセスに到達させることが当面の目標です。「もしも…」に備えての身辺整理も急務ですが、なかなか進みませんね。 重大ニュースの続編です。アトランダムに記述しているので、この順位にはあまり深い意味がありません。
5.地区社協の副会長に 地区社協役員2年目で、副会長ポストが空席になったので、会計から昇格してしまいました。一時は「途中退任」するつもりだったのですが、説得され、留まったのですが、さらに面倒な役回りになってしまいました。せっかくだから「カイカク」に取り組もうとしましたが、とても無理でした。この3月には「有罪放免」の予定。 6.厚生活動じゃない、校正活動に取り組む 昨年は、例年以上に「校正ボランティア」に取り組んだ1年だったような気がします。最大は400ページを超える記録本。1日100ページのノルマを課し、なんとか4日間で終了させましたが、なかなか難物でした。その他、市販本、さらには組合機関紙の校正も依頼されました。 PDFで送られてくるゲラを当方でプリントアウトし、拡大鏡を使って校正するのは、なかなかシンドイものですね。それでも、著者や編集者が見落とした間違い(多くは変換ミス)を発見するドキドキ感(笑)が、ボクにとってはたまりません。多くの人が校正は面倒と言いますが、ボクにとっては楽しいです。ただ「間違い探し」をやるので、性格がますます悪くなりそうです。 7.元日は沖縄にいた 沖縄には何度も行きましたが、元日を沖縄で迎えたのは初めてでした。年末の28日最終便で那覇着。大晦日は強風が吹き、寒くて凍えそうでした。よくぞ風邪をひかずに戻って来ることができたなあとしみじみ思います。元日、長蛇の列の波の上宮でおみくじを引いたら、なんと大吉。以来、4つの神社でおみくじを引き、いずれも大吉。ボクはこれを「大吉4連勝」と呼んだが、3.11をはじめ、災難が多くありました。大吉と大吉がぶつかって大大凶になったのかも知れませんね。今年は1回だけにしておこうと思います。(つづく) 迎春。今年もご愛読をよろしくお願いいたします。
年明け早々から、「豚小屋」(ボクの部屋)の片づけ。年末に出来なかったので、やり始めましたが、ますます混乱状態に。寝る場所だけなんとか確保し、作業中断。「昇竜」の年だが、「昇天」しそうな予感が。北東の角部屋なので、悪寒がしてきました。 なんとも暗い新年の幕開けでしたが、恒例(去年はサボったかな)の2011年重大ニュースを2回ないし3回に分けて掲載します。「重大」であって、「十大」ではありません。年は「十代」ではなく、「60代」のとりあえず前半。といっても、もうじき後半になりますけど(ため息)。 1.子どもの誕生日に大震災が発生 確定申告の書類を税理士事務所に提出し、帰宅後少しのところで大揺れ。「豚小屋」の本の一部が「滑落」。テレビにくぎ付けとなり、津波のすさまじさをこの目で見て、仰天しました。 2.ブログを年間231回更新 3日に2回の更新をしたことになるが、秋に失速。11月は1カ月でわずか13回。最大は2月と9月に月間27回も更新できました。12月31日現在、トータル19,350アクセスとなり、2月には2万アクセスに到達しそうです。 3.投書が神奈川と朝日に掲載される 神奈川は謝礼の図書カード(千円)が届いてから、掲載を知った次第。朝日は一度、ボツになったので、そのリベンジで投稿したもの。朝日から頂戴した図書カード(3千円)で、プレゼント本を購入。 4.某高校で講演をするも好演とはならず 1月早々だったが、某高校で講演を頼まれました。準備不足で、うまくいきませんでした。穴があったら、入りたい心境でした。頂いた講演料は、裏方の高校生へのカンパと夕方からの飲み会で消えました。勉強不足を痛感させられました。(つづく)
昨日は「ご用納め」でした。そういえば、ボクの「ご用納め」はいつかしら? 明日かもしれないし、1週間後、あるいは1年後かも知れません。とてもではないが、5年後までは考えられません。妻も最近、「5年先はわからない」と言い始めていますので、あとはどちらが先か?の競争です(笑)。
「ご用納め」の昨日の早朝、沖縄ではアセス評価書の提出をめぐって、「夜襲」というか「奇襲」が行われました。「防衛問題は素人」と言っていた防衛大臣の指示(作戦)のようですが、酷い話です。「誠心誠意」などと口先では繰り返し言いつつ、こうしただまし討ちをするのですから、言葉を失います。 この日、雪の中、「元将軍様」の告別式が行われました。氷点下、2時間半もかけて行進したとのこと、歩く方も、また見守る方も…。冷静な目で、この国の行く末を見ていく必要があります。 これも「ご用納め」の一環か、9人の民主党議員が離党届を出しました。年末によくある、「離(解)党&新党現象」の1つで、一方では鈴木宗男氏を代表とする新党も出来たようです。ここには小沢元代表の元秘書もメンバーに加わっています。先の9人は31日までに駆け込みで新党を結成し、来年、政党助成金をしっかりもらおうという算段なのでしょう。この助成金も「ムダ」の最たるものですから、廃止すべきです。 午後は、金策のため、農協・銀行・ゆうちょ銀行などを梯子しました。ゆうちょ銀行では、定期預金を解約したのですが、その際、「オレオレではありませんから」と弁明をこちらからしました(笑)。対応した窓口の職員さん、あとから知った話では、子どもの出身高校の同期生だったみたい。いやあ、悪いことはできないというか、縁はいろいろ、ビックリしました。
2011年は、今日を含め5日となってしまいました。これを書き始めたのが午後3時過ぎですから、厳密にいえば4日と8時間余ということになりますね。
年賀状などに取り掛かっていたので、年末の大掃除はこれから…ということです。でも果たして年内にやり切れるかどうか、雲行きが怪しくなってきました(泣)。 さて、年賀状ですが、やっとのことで午前中、ポストに投函してきました。一時は「面倒な年賀状は辞めよう」と思ったのですが、結局、そうもいかず、今回はかなり絞り込み、枚数を大幅に減らしました。でも、これだけ減らすと、返信の枚数が増えそうな気がします。 宛名入力に再チャレンジし、共通と妻関係のもの(約100人分)の住所録は25日午前中に作成し、その後、宛名印刷も済ませました。しかし、自分の分については今回、住所録づくりを見合わせ、手書きで出すことにしました。多分、PCで入力した方が効率よく進みそうでしたが、あえて手書きにしてみました。おかげで久々にたくさん、字を書いた気がしました。 なるべく、裏面に一言書き添えるようにして、120枚ほどを一気に書き上げ、投函しました。27日に投函というのは、ここ数年では一番早い方かもしれません。それでも世間様より遅いでしょう。ところで、「果たして元日に届くかどうか」を確認するため、ボク宛ての“お試し年賀状”(書き損じたものに自分の宛名を書く)を1枚作り、これも一緒にポストに入れました。 PCへの宛名入力は、年明け、暇なときにやろうと思います。 < 前のページ次のページ >
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